自分から別れを告げたのにね。 それなのに死にそうになった今、 思ってしまったのは、許されるならもう一度逢いたい、なんて身勝手なこと。螺旋恋情
「サスケ、終わりにしようか」 いつもと同じように任務をこなして、その後ふたりだけで修業して、一緒に買い物行って、 ご飯作って食べて、お茶飲みながら一段落着いたところで言った言葉はそれだった。 サスケが固まる。 何も言葉は発せられないけれど、何を言っている?、と目が語る。 「終わりにしようか」 もう一度言ったら、サスケは何を終わりにするか解かったみたい。 けれど、それでも何も言わない。 理由を問いただすこともなく、喚き縋るわけでもなければ、了承の言葉すら言わない。 ゆっくりと席を立ち、自分の家に帰っていった。 何も言わないまま帰っていった。 なんて、アッサリとした終わり方。 自分から仕向けといてなんだけど、俺たちの関係ってそんなものだった? 本当は、取り乱して欲しかった。 けれど、そうされると、笑って『嘘』だと言う自分がいることも知っていた。 何が嘘で、何が本当なのか、もうよく解からない。 邪魔に、なりたくない。 お前は真っ直ぐ自分の足で立って、進んでいくんだろ? そんなお前にとって、俺との関係なんて邪魔以外の何物でもない。 邪魔になるなんて嫌だった。 いつか、俺を選んだことを後悔されるのだけは耐えられなかった。 だから、自分から別れを告げた。 そのことに、後悔はない。 ない――はずなのに、なんで今お前に会いたい、なんて思ってしまっているのだろう。 致命傷を負って馬鹿みたいに血を流しながら思うことは、 生きて里に帰ることより、お前に会いたいということ。 そんな自分の馬鹿さ加減に笑える。 本当に愚かしくて、思わず声を上げて笑ったら身体中に響いた。 何処が痛いとか、そんなことも解からない。 ただ、もう動けない。 解かることはそれだけ。 血が流れすぎて、意識が掠れる。 意識があるうちに自分の身体を始末しなければいけない、 そう解かっているのに、 それでも、意識があるうちはお前を待っていたい、なんて思ってしまう。 来るはずがないと解かっているのに、それでも思ってしまう。 もう本当に、笑うしかない。 「…何、笑ってんだよ」 振り返れば、サスケがいた。 肩で息をするサスケ。 どうしてここまで乱れた気配に気づかなかったのか、とか、 それ以前に、どうしてサスケがここにいるのか、とか、思わなければいけないのだろうに、 そんなことより、別れを告げて以来、初めて見るお前に魅入る。 背が、高くなった。 声が、少し低くなった。 でも、お前のその目は変わらない。 真っ直ぐ前だけを見る目は、変わらない。 「大きく、なったね」 言えた言葉はそれだけだった。 もっと言いたいことがあったはずなのに、口から出たのはそれだけ。 サスケは何か言いたそうに口を開いたけれど、結局言葉を発せず唇を噛み締める。 「…敵は片付けた。 後は、アンタの回収だけだ」 言って、手を伸ばされる。 一度自分から振り払った手が、そこにある。 あの頃のような小さな頼りなげなものではなく、しっかりとした手がそこにある。 その手を取りたいけれど、もうきっと遅い。 いつまで経っても手を取らない俺に、サスケの顔色が変わった。 「…遅かったのか」 「五分五分かな」 そう笑ったら、サスケはまた唇を噛み締めた。 血が僅かに滲むその唇に手を伸ばす。 けれど、それは届くことなく触れる寸前に払われる。 さっきは、手を差し伸ばしてくれたのに。 どうして、互いに手を差し伸ばしたときは、その手を取ることができないのだろう。 「…なよ」 震える声で、サスケが呟く。 「何?」 「笑うな、って言ったんだよ」 「どうして? 俺は、お前に最期に会えたから、もう充分幸せだよ」 「…何、言ってんだよ。 アンタ、俺から離れたかったんだろ?」 うん、離れたかった。 「なら、最期に俺になんて会いたくないだろ?」 いや、お前にだけ会いたかったよ。 「お前だけに、会いたかったよ」 「…嘘つき」 …かもね。 「…五分五分って言ったな」 「…え?」 腕を捕らえられる。 「可能性があるなら、諦めるな。 …生きろよ」 「…無理だよ。 もう、動けない」 「…っ」 サスケが息を飲む。 ごめんね。 もう、声も出せない。 だから、笑った。 サスケがまた唇を噛み締める。 止めさせたいのに、もう手も伸ばせない。 ごめんね。 もう充分だから。 お前に最期に会えて、それだけで幸せだから。 このまま終わらせて欲しい。 何故か、今になって解かった。 お前に別れを告げたのは、邪魔になりたくなかったからじゃない。 いつか、別れを切り出されることが、怖かった。 今更だけど、今でもお前が好きだよ。 生き延びて、いつか去っていくお前を見るくらいなら、このまま死んだほうがまし。 ほら、おあつらえ向きに意識が遠のく。 バイバイ、サスケ。 最期まで狡い大人でごめん。 「死体しょ…り、たの…む…」 言えた言葉はそれだけだった。 離れていく意識の中、ウスラトンカチ、と小さく呟く声が聴こえた。 最期に、お前に会えてよかった。 最期に、お前の声が聴けてよかった。 去っていくお前を見なくてすんでよかった。 お前より先に死ねて、よかった。 そう思ったのに、今自分は薄汚れた白い天井を視界に映している。 強張る身体を深呼吸で落ち着け、手を翳す。 真っ白な包帯を巻かれた腕。 「…どうして」 思わず呟いた声に、答えが返ってきた。 「俺が助けたからだよ」 重い頭を動かせば、サスケが立っている。 いつから、居た? 「…どうして」 「…どっちが知りたい?」 まるで、俺の考えていることが解かるみたいだね。 「どっちも」 サスケが無言で俺の傍に近づき、枕もとに立つ。 無表情なその顔を見上げる。 「アンタがあの時も、今も、俺の気配に気づかなかったのは…」 言いにくそうに視線を外される。 「どっか、やられちゃった?」 「…あぁ。 出血のせいで。 でも、普通の生活には支障はないって…」 でも、忍としては、もう無理ってことか。 そう理解してしまったら、今自分が生きていることに心底憤りを感じた。 立ち塞がることはしたくない。 お前の邪魔はしたくない。 でも、それ以上に置いて行かれたくはない。 忍でいられるならば、 ついていける可能性はどんなに僅かと言えどあったかもしれないのに、 忍でいられないなら、もうその可能性すらない。 ――忍じゃなければ、お前について行けない。 「…どうして。 どうして、助けたの? 俺は、自分の処理は頼んだけど、助けてくれ、とは一言も言ってないよ」 「…」 サスケは無言で唇を噛み締める。 「ねぇ、サスケ。 どうして放っておいてくれなかったの? 忍として生きていけないなら、もう死んだも同然なのに。 お前は、俺に生きた屍にでもなってほしかった?」 酷いことを言っていると、自覚はある。 それでも、言わずにはいられなかった。 生きていることが嬉しくないワケではない。 サスケにまた会えて、言葉を交わせることに幸せを感じているのも事実。 だけど、それ以上に、 これから来るであろう未来を考えると、どうにもならなかった。 サスケが俺を置いて行ってしまう未来がある。 そんな未来が待ち受けているというのなら、今生きていたくなかった。 あのままサスケの顔を見て幸せの中、死にたかった。 「…それでも」 サスケが震える声で呟く。 「それでも、俺はアンタに生きてて欲しかった」 「…何それ。 俺が生きた屍になってもいいってこと?」 「…」 「ねぇ、サスケ」 「…」 「ねぇ」 「…あぁ。 それでも、生きてて欲しかった」 「何言ってんの? いつか置いてくくせに、生きてて欲しかった、だって? ふざけんな」 また、サスケは黙り込んで唇を噛み締める。 痛々しいと思うけど、手を伸ばし止めさせる気にはならなかった。 「生きてて欲しかった」 重い沈黙が続いた後、サスケが呟いた。 見上げれば、真っ直ぐな目がそこにある。 「…でも、置いて行くんだろ?」 「…それでも」 「…」 「…」 「…馬鹿じゃないの?」 言ってサスケに背を向けた。 ごめん、と小さく呟くサスケの声が聴こえた。 あのまま、再会しなければよかった。 あのまま、俺が死んでいたらよかった。 そしたら、今もこれからも苦しむことはなかったのに。 サスケも俺を無視できればいいのに。 無視できればこんな苦しみを味わわなかったのに。 そう解っているだろうに、サスケは俺のせいで踏みとどまる。 何もかも捨てきって、 先へ行かなければならないと思っているくせに、俺のせいで踏みとどまる。 助けなかったら、そんな想いの枷から解き放たれただろうに。 ――結局、馬鹿はお互いさまだった。 溜息とともに振り返って、もう一度言った。 「…馬鹿じゃないの」 再び言った言葉に、サスケは何も言わなかった。 ただ、また唇を噛み締めた。 血が滲むほど強く。 その唇にいつかのように、手を伸ばす。 その手は今、振り払われることなく唇に触れた。 かさついた手で血を拭ったら、サスケは俺の手を掴み静かに唇から離す。 そして、目を閉じ俺の手を強く握り、声にならない声でもう一度、ごめん、と言った。 初めて、互いに差し伸ばした手を互いに取れた気がした。 そのせいで、初めて向かい合えた気がした。 だから、もういいかもしれない。 こんな結果だけど、もういいのかもしれない。 あのまま終わっていたほうが、幸せだった。 けれど、そんな幸せはいらない。 これから先、二度とこの手をサスケが取ることはないのかもしれない。 けど、それでも、今お前がこの手を取っている事実は消えない。 例え、お前が俺を置いていこうとも、もういい。 俺が、お前を追えないとしても、もういい。 今、互いの手が離れていない、その事実だけで、もういい。 そんなその場凌ぎのような事実だけがあっても、何も変わりはしない。 それどころか忍の道を断たれた今、 以前より最悪な状況だと解かっているのに、諦めにも似た充足感が胸にある。 溜息とともに吐き出したのは、笑えるくらいの愚かさだった。 結局、馬鹿はお互いさまだった。
2003.12.06〜2004.02.13 2004.03.15,03.26 花梨さまからのリク内容 →『許されるならもう一度逢いたい』という感じの話。 ということでした。 なんとか言わせていますが、実はこの後に、 涙々の作品が読みたいです、なんて言葉も続いていたことをすっかり忘れてしまい、 その要素が皆無となってしまって申し訳ないです。 こんなんでもよろしかったら、花梨さま受け取ってくださいまし。 裏話。 実は、カカシ死ぬ予定でした。 意識が消えたところで終わっていたはずでした。 それなのに、何故生き返ってるんでしょうね? 自分でも不思議だ。 だから、気がつけば以前書いたSSのサスケとカカシの立場が変わった感じになりました。 捻りなくてごめんなさい。
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