Sly man is which.
グルグル視界が廻る。 グルグル思考が廻る。 グルグル内臓が動き出す。 気がついたら、床に突っ伏した。 痛みより何より、その冷たさが気持ちよかった。 ひんやり、と心地よい冷たさを額に感じた。 それがあまりに気持ちよくて、思わず手を伸ばしたら、それに掴まれた。 何? 重たい瞼を開ければ手があり、それを辿っていけばカカシがいた。 何故か怒っているように思える。 その理由を訊こうと口を開けたけれど、熱の篭った息しか漏れなかった。 目だけで問うと、カカシは溜息で答えた。 「バカじゃないの?」 何? 反論しようにも咳き込んでしまい、咄嗟に声がでない。 だから、睨んで抗議を示す。 「バカじゃないの、って言ったの。  昨日、傘も持たず俺んちから飛び出すから、熱出してぶっ倒れるんだよ。  自業自得っていうの、解ってる?」 その言葉に目を背ける。 本当にそのとおりだったから。 虚ろな思考でも、昨日自分が雨の中傘もささず帰ってきたことだけは覚えていた。 だけど、その原因となるモノは思い出せない。 何が、あったっけ。 未だに剣呑な視線を寄越すカカシを無視して、目を閉じ思い出す。 「サスケ、これ何?」 僅かに怒気をはらんだ口調とともに差し出されたのは、封がしっかりと閉じられた薄汚れた白い封筒。 それから視線を外すことができないまま、カカシに問う。 「な…んで…」 「洗濯しようとしたらポケットに入ってたの」 で、これ何? ずいっ、と目の前に突きつけられる。 思わず、着替えたばかりのズボンのポケットに手を突っ込んだ。 そこにあるべきモノが目の前に突きつけられているというのに、それでも信じられなかったから。 肌身離さず持っていたそれを、忘れてしまっていたことに。 混乱する頭の中、無意識にもそれに向かって手を伸ばす。 馬鹿みたいに震えてる自分の手が視界に映る。 触れる寸前でカカシが腕を上げ、それに触れることができず、目だけでそれを追った。 そして、カカシの目と合う。 「サスケ、俺訊いてるんだけど?  これ何、って?」 カカシが何で怒っているのか解らなかった。 封は未だしっかりと閉じられたままだから、中身を知っているはずはないし、 万が一知っていたとしても、たぶん、怒られるようなモノではない、と思う。 いつも身に付けていたものを忘れたこと、そして、それを見つけ怒っているであろうカカシ。 解らないことばかりで頭が混乱して、気がつけばカカシを思い切り蹴りつけていた。 あまりに予想外だったのか、カカシに隙が生じた。 その隙にそれを奪い返し、逃げた。 何も考えることができないまま、裸足のまま靴も履かず飛び出して逃げ出した。 追ってくる気配がないことを感じて、漸く混乱がなんとか落ち着く。 そして、ふと自分の姿に笑えた。 いつの間にか降っていたのか、いや、カカシの家を出る前から降っていたのか、外は土砂降りの雨。 気がついた時には、服はぐっしょりと重く、身体は冷え込んでいる。 そして、カカシから奪い返した封筒は、見るも無残に水気を吸ってぐちゃぐちゃ。 これのために、カカシの家を飛び出してきたというのに、何をやっているのだろう。 一度落ち着いた混乱は完全に消え去ってくれることはなく、 未だに消え切らぬ炎のように胸のうちを燻っている。 こんなんじゃ、だめなのに。 深い溜息とともに踏み出せば、足の裏に痛みを感じた。 何かを踏んだらしい。 雨が地面を流れていくのと一緒に、足の裏から血が酷く薄い色をして流れる。 大切な、大切なウチハの血が流れていく。 それを見たら、酷く脳がクリアになった。 単に、混乱が最高潮に達しただけで、落ち着いてはいなかったのかもしれない。 僅かに痛む足を気にせず、歩を進める。 視界に入った小さなゴミ箱に向かって。 最後に、その封を開けてもう一度中身を見たかった。 そう一瞬、それは本当に一瞬そう思ったけれど、手は無意識に動いていた。 ぐにょり、と不快な感覚でもって、封筒をふたつに引き裂いた。 それから、もっと細かく細かく千切っていく。 印を結んで焼き尽くせば跡形もなく消えるけれど、それはしたくなかった。 一瞬でなんか終わらせることはできなかった。 封の中身と決別するように、自分の意思で、自分のこの手で終わらせたかった。 最後の一欠けらを捨て終えたとき、自分が泣いてることを知った。 絶え間なく強く打ち付けてくる雨と、 ぼんやりとした頭でよくわからなかったけれど、自分は確かに泣いていた。 それから、どうやって家に辿りついたのか覚えていない。 ただ、倒れこんだ瞬間の床の冷たさが気持ちよかったのを覚えている。 そして、今に至る。 そこまで思い至って、漸く自分に非がないことを思い出した。 が、カカシに対して何を言ったらいいか解らなかった。 だから、ただ視線を向けた。 カカシも無言で俺を見つめ、それから、深く溜息を吐いた。 「そんなにあれが大事だった?」 その問いに首を横に振る。 忘れる前までは、大事だったのは確か。 でも、自分はそれを忘れた。 あれほど大事だったのに、忘れてしまった。 だから、今更大事だなんて言えない。 「そう…」 そう一言だけ言って、カカシは何も言わなくなった。 沈黙が生じた。 それが、酷く居心地が悪かった。 「…アンタ、あれの中身知ってたのか?」 「知らないよ」 きっぱりと断言するように言われた言葉。 「なら、何で怒ってたんだ?」 「…別に、怒ってなかったよ」 微妙にあいた間に、いつもの張り付いた笑顔。 嘘が見えみえなんだよ。 「嘘つき」 「…知ってる」 溜息しかもう出てはくれなかった。 カカシは理由を言うつもりなんてないのだろう。 そう決めたなら、どんなに問い詰めても無駄。 「じゃあ、何でさっき怒ってたんだよ?」 「さっき?」 「寝てる俺のことを睨んでた…」 自分で言って、胸が痛くなる。 バカみてぇ。 「睨んでなんかないよ、ただ…」 「ただ?」 「ただ、自分に対して怒りは感じていたけどね」 「自分に対して?」 「そう」 「何で?」 アンタは怒る権利あるだろ? 俺にも怒る権利があるように、アンタにも怒る権利はある。 俺はアンタを蹴った上、何も言わず飛び出したのだから。 原因を作ったのはアンタだけど、それとこれとは別なものだし。 「まぁ、いろいろと…」 「…」 結局アンタは誤魔化す。 何も言ってはくれない。 そう思ったけれど、結局は自分も同じだった。 あの封筒の中身を言っていない。 言ったところでどうなるか解らなかったけれど、訊いてみた。 「あの中身、アンタ知りたい?」 「…お前が言いたいなら、訊くよ」 卑怯だな、それって。 今日何度目かの溜息が出た。 ゆっくりとカカシと視線を合わし、逸らさずに言い放つ。 「写真」 「え?」 「家族の写真。  唯一残してた、写真だ。  他のは全部処分したけど、あの一枚だけは持ってた」 でも、封印した。 二度と見てはならない、と自分に誓った。 そんなものを後生大事にもってることに、 矛盾を感じないでもなかったけれど、大切だったから捨てられなかった。 カカシは目を見開いたまま固まっている。 この様子だと、本当に中身がなんだったか知らなかったのだろう。 「でも、捨てた」 「え?」 さらに驚くカカシ。 「昨日、捨てた。  この手で、破って捨てた」 「何で? 俺のせい?」 その言葉に首をかしげる。 カカシのせいといえば、きっとカカシのせい。 でも、たぶんカカシが思っているような理由じゃないことは確か。 「…アンタのせい、かな。  でも、ちょっと意味合いが違う。  アンタのおかげと言ってもいい」 「何それ?」 「よく解らないけれど、アンタがいればあれはいらない。  もう、いらないんだよ」 「…」 カカシが考えるように眉を寄せる。 つられ、自分も今言ったことを頭の中で繰り返す。 けれど、熱に浮かされた頭ではろくに考えることができない。 思うままに話した言葉は、本当に意味どおり思ったままに話したことで、何かうまく繋がってない気がした。 けれど、それを訂正する思考はもう持ちえていない。 無理をして話していたのが悪かったのか、じわじわと睡魔が襲ってくる。 「カカシ、アンタがいれば、あれは必要がない」 それだけはしっかり言っておきたくて、なんとか声に出して言った。 カカシは何も言わず、俺を見ていた。 その表情はよく解らなかったが、怒気はもうなかった。 「アンタがいれば、もうあれはいらないんだ」 カカシに言い聞かすように、そして、自分に確認するようにその言葉を紡いだ。 カカシは、それでも何も言ってはくれなかった。 ただ、哀れむように俺を見ていた。 その意味を、知らない。 「アンタがいれば…」 「サスケ」 縋るようにアンタを見つめて繰り返し言いかけた言葉は、カカシの呼びかけによって遮られた。 「…」 「サスケ、もう寝ろ。  しんどいだろ? 熱が、上がる…」 「な…んで…」 何で。 何で、訊いてくれない? 何で、受入れてくれない? 悔しくて、哀しくて、胸が痛い。 熱に浮かされた脳はコントロール機能を失ったのか、馬鹿みたいに泣いた。 嗚咽を上げて、泣いた。 それなのに、カカシは何も言ってはくれなかった。 目覚めた時と同じように、 けれど額ではなく、涙を吐き出す両目に手を置き、ただ、寝ろ、とだけ告げた。 その言葉に何らかの催眠効果を含ませたのか、一気に意識が遠くなる。 結局、アンタは狡い大人なんだ。 俺の傍にいる、けれど、最後の最後の領域には踏み込んではくれない。 俺も、アンタのその場所までは踏み込んで行く気はない。 あったとしても、きっとできない。 アンタはそれを絶対に許さないだろうから。 でも、アンタには踏み込んで欲しい。 そう思うのに、アンタは絶対に踏み込んではくれない。 カカシ、アンタは酷いよ。 狡い、大人なんだ…
2003.10.17〜10.29 Sly man is which. = 狡いのはどっち?(みたいな意味合い) 4500を踏んでくださった花梨さまからのリクは↓ 「熱あるくせに意地張ってるサスケ」 あっ、、別に風邪でなくても傷で熱を持ってるとかでも構わないです♪ とのことでした。 …はい、土下座しろ!という勢いで、リク裏切ってますね(涙) なんとか、「風邪っぴきのサスケ」だけはクリアしたと思うのですが、次ですよ、次! 「意地張ってるサスケ」…意地張ってるどころか、素直です。 ごめんなさい。 書いてる最中、自分も熱出てたんですが、意地張る気力なんてなかったので、 素直なサスケになってしまいました。 ここで意地張ってこそサスケなんだよ! と思いながらも、意地張らせることができませんでした。 本当にごめんなさい。 無意味に長いし意味不明ですが、こんなんでも良かったら受け取ってください!

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