再びベッドに潜り込み、行き場の失った手を目の前に翳す。


守ってやりたいと思ったんだけどな…。
自嘲気味に、心の中で呟く。
この手で、この子どもを守ってやりたいと思ったんだけど。


でも、守るって何だ?


サスケは、守られることを望んでなんかいない。
守られることを、恐れてすらいる。
絶望を知ってしまったから、温もりを恐れている。
いつか失ってしまうかもしれないと、それを恐れている。



それに、強さを求めるこの子どもには、そんなもの必要ないのかもしれない。
守るなんて思い上がった気持ちや、行為は、
この子どもを弱くさせるだけなのかもしれない。
いつもの張り詰めた神経を一瞬で緩ませる、温かなもの全てをこの子どもは恐れている。


自分が思う『守る』という行為は、
サスケにとっては、『壊す』という行為になるのかもしれない。


そう思ったら、どうしようもなくて、
強く、強く、手を握り締めた。

行き場を失った手と、気持ちをせめてサスケには悟られないようにと、
ワケの解らない身勝手な思いをこめて握り締めた。


その手を、ふいに掴まれた。






「アンタ、さっきから何やってんだ?」


「えっ、何が?」


あまりにも突然すぎて、頭が一瞬混乱する。
目の前に、俺の手を握ったままのサスケの顔が広がる。



「触れようとして、手を伸ばしたら止めて、
 寝っ転がって、ぼんやり自分の手を見てたかと思うと、
 辛そうな顔で握り締めて…。
 アンタ、何やってんだよ。
  …その手に、何を見てる?」


「何で知って…」


「窓に全部映ってたんだよ、バーカ」



窓に視線を移せば、俺の手を握り、
俺を覗き込んでいるサスケがぼんやりと映っている。


「あ、それで…」


「で、この手に何を見てた?」


グイっと、手に力を込められる。
握られた手は別に痛くなんかないけれど、心が、痛んだ。



「…いろいろとね」


誤魔化そうと思えば、出来たのかもしれない。
でも、そうしよとは思わなかったのは、この子どもを哀れに思ったから。




「なぁ、お前は何を望んでいる?」


「……力」


さっきまで、射るように強く見ていた視線は逸らされ、声も心なしか小さく呟かれた。
出会った当初のサスケなら、絶対にこんな行動はとらなかった。
射るような目で視線は逸らさず、しっかりと俺を見据え、
「力を望んでいる」と答えただろう。


サスケは変わった。
たぶん、俺のせい。


忍びとしての力を言うなら、確実に強くなった。
でも、心はどうなんだろう。

あまりに近くにいすぎて、
また変化の原因が自分にあると思うと、
答えは見出せなかったし、見出したくもなかった。


サスケは逸らしていた視線をゆっくりと、また俺に向けた。
そのまま、二人して視線は逸らさない。


ギュッとまだ握られていた手に力が加わる。
どっちが握ったのか解らない。
俺かもしれないし、サスケかもしれない。
もしかしたら、お互いだったかもしれないけれど、
それが契機になり、二人して同時に口を開いた。



「俺、手を離したほうがいい?」


「アンタ、俺から離れたい?」


二人同時に呟いた言葉は、別離の言葉。


なのに、握られた手は緩んでいない。
自分も、サスケも強く握っている。


離れたくないと、二人の手が言っている。


野望のために、力を望むサスケ。
そんなサスケを守りたいと思う自分。


同一線上にあってもおかしくない思い。
でも、サスケと自分においては、何故か交わらない。

思いは一緒のはずなのに、交わらない。


サスケの野望の邪魔をしたくない。
でも、それには俺の手は、思いは、それを邪魔するかもしれない。
というより、既にしている気がする。



「俺、手を離したほうがいい?」


握っていた手から、ゆっくりと力をぬく。


「アンタは、俺から離れたい?」


サスケも握っていた手の力を、ゆっくりとぬく。



先ほどと同じ質問。
でも、今度はお互いの手は、微かに触れているだけ。
指先だけが微かに触れ合って、じんわりと、お互いの体温を伝えるだけ。
なのに、温かいって思うのは、錯覚なのか…。
サスケの視線を感じながら、自分の視線は触れ合った指先に留まっている。
ピクリとサスケの指先に力が入る。


「俺は、解らない。
  強くなりたい。
  でも、そのためにアンタの手を離すことは、嫌なんだ…」


矛盾した考え。
でも、自分も同じだから、何も言えない。


サスケの指先は、震えている。
この震える指先を握っていいのだろうか。
強く握って、この小さな身体を抱きしめていいのだろうか。


「そのことで、アンタが悩んでるのを見るのは辛い。
  でも、俺からはこの手を離せない。
  だから、離すなら、アンタから離してくれ」


サスケの声は震えていなかった。
指先も、もぅ震えてはいなかった。



静かに聞こえてくる雨音と同じように、
その言葉はゆっくりと自分にしみこんでいった。


「我侭だね」


サスケの指先が、また微かに震える。


「お前は、我侭だね」


もぅ一度、同じ言葉を吐く。
サスケはギュッと自分の手を握り締めた。
もぅ、指先は触れ合ってはいない。
視線も俺ではなく、自分の離れた指先へと向いている。


「でもね、俺も我侭なんだよ」


サスケがゆっくりと顔を上げる。
泣き出しそうな顔。
その頬に触れる。


「俺もね、お前の邪魔をしたくはない。
 でも、お前の手を離したくはないんだよ。
  だから、いらないのなら、お前が振り払って…」


そう言うと、サスケは笑った。
俺も笑った。
やりきれない思いを昇華できなくて、もぅ笑うしかなかった。

頬を触れていた手を離して、抱き寄せた。

苦い笑顔なんて見ていたくなかったし、見せたくなかった。
ただ、今お前がいるってことだけが、すべてだと思い込みたかった。




「外、行こうか…」


「雨降ってるのに?」


「うん。それでも、外に行こうか」


その辺に脱ぎ捨ててあった服を着て、傘も差さず雨の降る外へ出た。
しっかりとお互いの手を繋いで。

空はどんよりと暗く、光なんて一切見えない。
ただ、見上げれば静かに、髪を頬を雨が濡らす。


もぅすぐ、答えを出さなきゃいけない時が来る。
でも、それは今じゃない。

いつかは、この子がこの手を振り払って行ってしまうのかもしれないし、
自分がこの子のためにこの手を振り払うのかもしれない。


でも、それは今じゃない。


答えを先延ばしにしているだけかもしれないけれど、
今は何も考えずにただ、この手を繋いでいたい。

雨が体温を奪っていくけれど、繋いだ手だけが、暖かかった。


今は、それだけで十分だ。




けれど、そう思う反面、
雨のせいで、自分たちが世界から切り離されたような外を見ていると、
どうして、同一線上に思いが交差しないのかと、愚かにもまた悔やんだ。










2003.06.15〜06.16 ,07.07 300を踏んでくれた庵さまのリクです。 庵さま、ありがとうございました! お題は、「雨のある風景のカカサス」でした。 雨なんて掠ってしかないうえ、いつもの如く暗くて本当に申し訳ないです。 最後に書いた一文がいるのかいらないのか、 最後まで判断がつかず、結局、白文字にして付け加えてあります。 本当にダメダメ文で申し訳ないのですが、こんなのでよかったらもらってやってください。 追記(2003.07.10) 図々しくもタイトルをつけるのをお願いしたところ、川瀬さまがつけてくださいました! 『無題』から、『我侭な雨』に改題です。 2003.08.19  微妙に加筆修正。

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