これは、現実だよ。
君の顔を触れる手。
その体温。

ね、温かいでしょ?

現実なんだ。
だから、もう閉じこもらないで。
現実を見て――。







狭間

カカシの消息が途絶えた。 上忍の任務に借り出されて行った任務中、 追っ手から逃げる際に、部下を庇うために囮となり一人部隊を離れたという。 それから、1年。 カカシの消息は未だ掴めない。 最初の三ヶ月は、あっという間だった。 毎日、毎日カカシを待ち続けて終わった。 半年ほどして、時の流れは日常に戻った。 カカシがいた時と同じ流れになった。 だって、カカシの声が聴こえるから。 カカシの姿が見えるから。 他のヤツらには見えないらしいけれど、俺には見える。 ほら、こうやって触れる。 抱きしめてくれる。 温もりは感じられないけれど、俺には見える、触れる、感じられる。 アンタが、傍にいる。 他に何を望めと? 何もいらないだろう? カカシ、今日は何をする? 修行に付き合ってくれる? 嗚呼、以前言ってた術を教えてくれるのか? なぁ、カカシ。 いつの間にか俺の傍には誰もいなくなった。 なんでだろうな。 サクラもナルトも気がつけばいなくなっていた。 嗚呼、そう言えば、最近アンタ以外が見えないんだ。 見えるのは、アンタと暗闇。 カカシ。 アンタが傍にいる。 それだけで、いいよな…。 死んだと思った。 目の前に広がる暗闇も、五感全ての感覚がなくなったのも、 死んだせいだと思ったから。 けれど、次に気がついたとき、光があった。 痛みがあった。 五感すべてが戻っていた。 傷は酷く半年以上も寝たきりの生活だったけれど、 見ず知らずのそんな俺を手厚く介護してくれた人がいた。 だから、助かった。 漸く、動けるようになったのは8ヶ月目。 それでも、2,3km先の川に水を汲みに行くのが、精一杯。 サスケ、早くお前に会いたいよ。 早く身体を治すから、待っていてくれ。 早く、治すから。 身体が完治したのは、1年が過ぎた頃。 お世話になった人たちにお礼を言って、サスケの元に走る。 1年。 長いようで短く、短いようで長かった。 1年ぶりの木の葉の里は懐かしい。 何も、変わっていない。 すぐさまサスケのもとに行きたかったけれど、三代目の処に伺う。 この1年の間に起きたことを報告する。 三代目は俺の帰還を喜んだが、顔が終始曇っている。 「何か、ありましたか?」 「…」 三代目は、目線を僅かに外して答える。 「サスケが…」 「サスケがどうかしたんですか?」 詰め寄っても、三代目は顔を僅かに逸らしたまま。 「サスケが…。  サスケの身に何か起こったのですか!?」 心臓が激しく早鐘を打つ。 三代目の沈黙に苛立つ。 「三代目っ!」 三代目は、意を決したようにゆっくりと瞬きをした。 「サスケが、壊れた…」 何故? どうして? 疑問符が一瞬頭にチラついたが、そんなものはどうでもよかった。 というよりも、十中八九原因は自分にある。 それなら、サスケに会うのが先決。 サスケに会わなければ。 駆けつけたうちは邸。 1年前の面影を残すことなく荒れ果てている。 草が庭中を覆い、家の壁にもたくさんの蔓が伸び、見るも無残な廃墟と化していた。 こんな処にサスケはいるのだろうか。 いて欲しくない、そう思いながらも、僅かに感じる気配は紛れもなくサスケのもの。 その気配を頼りに、焦る気持ちを抑え近づく。 縁側に座り、荒れ果てた庭を見るサスケ。 1年ぶりに見るサスケは、 記憶にあるサスケとは身長が少しだけ伸びたように感じるだけ。 他は何も変化を感じない。 それどころか、 楽しそうに静かに歌まで唄っているサスケは、以前より子どもらしさを取り戻しているようだった。 三代目は何を心配していたのだろう。 サスケの穏やかな表情を見ると、心が安心した。 だから、ゆっくりと近づく。 気配を消さずに近づく。 サスケが気づき、こちらを見る。 なのに、視線が――合わない。 こちらをちらりと見、確かに微笑んでいると言うのに、視線が全く絡まない。 サスケ? 心臓の音がやけに耳につく。 背中を流れる汗が冷たい。 ゆっくりと近づく。 駆け出し、抱きしめその存在を確かなものにしたいと思うのに、それができない。 恐怖、という言葉が頭をよぎる。 そして、それと同時に三代目の言葉が甦る。 ――サスケが、壊れた。 手を伸ばせば触れることができる処まで来たというのに、サスケは一切こちらを見ない。 ただ、縁側に座り、沈み行く太陽を見いている。 物悲しげな歌を唄いながら。 けれど、表情は酷く穏やかなまま。 触れることも、声をかけることもできなかった。 何も、できなかった。 自分とサスケの間に、ひずみを感じた。 太陽が完全に沈み、あたりが濃紺になった頃サスケは唄うのを止めた。 それから、俺が立っている位置とは逆の方向を向き、僅かに顔をあげて笑いかける。 「そろそろ、飯にするか?  今日はなすびが取れたから、なすびの味噌汁作ってやるよ」 照れたように笑うサスケ。 それを見ていたら、涙が出た。 サスケが振り向いた場所は、いつも自分が居た場所。 僅かに見上げるのは、まだ追いつかない身長差のため。 そこにはサスケにしか見えない俺が、居る。 サスケ、違うよ。 それは、俺じゃない。 俺じゃ、ない。 サスケが立ち上がり、台所に向かおうとする。 その手を掴んだ。 吃驚した表情。 けれど、胡散臭そうな表情をし、眉間に皺を寄せる。 それから、サスケにしか見えない俺に向かって言う。 「誰だよ、コイツ。  アンタの知り合いか?」 それに対して、サスケの俺が何を言ったか知らない。 ただ、サスケは眉間により一層皺を寄せた。 振り払おうとする手。 けれど、それはさせない。 反動を使って、抱きしめる。 腕の中で、ビクリと震えた小さな身体を感じる。 けれど、それ以外は抗う気配はない。 恐る恐る抱きしめた腕を緩める。 確かに合う視線。 しかし、その目には俺は俺として映っていないことが、解りたくもないのに解ってしまう。 帰ってきたのに。 生きて、帰ってきたのに。 お前だけのために、帰ってきたのに…。 視界が滲むのも気にせず、頬を触れる。 温かい体温を手のひらを通して感じる。 サスケは目を見開いたまま、何も言わず俺を見ている。 「サ…」 呼びかけは、サスケの声により途中で遮られた。 「カカシ、コイツ誰?」 振り返って、僅かに見上げてサスケは訊く。 サスケの作り上げた俺に、訊く。 何で…。 サスケ…。 どうしようもなくて、何もできなくて、心が悲鳴をあげて、 ただ思うが侭に君を、抱きしめる。 サスケは俺じゃない俺を見上げたまま。 俺はそんなサスケにしがみつくように抱きしめたまま―― サスケ。 温かいだろ? お前を抱きしめるこの腕は、温かいだろ? これは、現実なんだ。 だから、現実を見て。 悪い夢は、もう終わったのだから――


2003.08.14〜08.22

2222Hitを踏んでくださった漣かずきさまに捧げますvv

お題は、
『せっかくだからリクを泣けるぐらい痛くてセツナイ者を><』
とのことでしたが…。

切ないというか、単にいつもの如く痛いだけのような気がしてやみません(涙)
死にネタOKとのことでしたが、死んでません。
単に壊れただけです。
しかも、はっきりいって泣けません。
あぁ、もう全くもってリクを無視して書いたSSを押し付ける、という状態ですね(涙)
本気でごめんなさいです。
こんなのでもよろしかったら、本当にダメダメ文で申し訳ないのですが貰ってくださいませ。

余談ですが、BGMは『Monsoon  Baby』でした。

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